【JABA資格剥奪】吉川峻平投手(=パナソニック)の大学,高校の経歴!ドラフト候補も

スポーツ

こんにちは!Buzz Fixer編集部の吉井です。

社会人野球界で注目を集めていたパナソニックの吉川峻平投手が日本プロ野球の登録資格を剥奪されたとして大きな注目を集めています。スポニチアネックスによれば以下のように報道。

日本野球連盟(JABA)は、プロ球団との契約締結に必要な手続きを踏まず、大リーグ・ダイヤモンドバックスと入団契約書を交わしていたパナソニックの吉川峻平投手(23)に対し、登録資格剥奪処分とし、今後の再登録を認めないことを決めた。9月4日に行われた臨時理事会で決議された。また同社野球部の北口正光部長を9月4日から9カ月間の登録資格禁止(謹慎)とした。

吉川をめぐっては、メジャー挑戦する意向との一部報道が出た8月16日、同社関係者が「(先方と)契約を結ぶ意向です」と話していた。契約は8月10日に交わされたが、吉川本人や報告を受けていた部長、さらにはダ軍側も、これらの行為が規定に抵触すると知らなかったという。同社野球部は吉川にこれまでの経緯を確認。8月23日付でJABAに報告し、吉川は日本代表に選出されていたジャカルタ・アジア大会の出場を辞退していた。

契約はマイナー契約で、米球界関係者によると契約金は65万ドル(約7200万円)で交わされたという。

日本プロ野球界でも大きな活躍をしてくれるだろうと注目されており、ドラフト候補としても話題に上っていた選手だけに衝撃も大きいようです。

今回は、登録資格を剥奪されてしまったパナソニックの吉川峻平投手について取り上げます。

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JABA資格剥奪!日本のファンからは裏切り!という声も

野球にあまり関心のない方は『重すぎるのでは?』と思うかもしれませんが、日本の野球界でプロとして活躍する上において、日本野球連盟(JABA)との契約をするのは最低限の常識といわれています。

報道によればパナソニックの北口正光部長も、吉川峻平投手本人もこのようなルールがあったことを知らないと発言していますが、これだけ長くこの世界に身を置いているのに知らないはずがありません。

日本の野球ファンからは日本野球界への裏切り行為だ!という声や、分かりながらやっているの明らかで非常に悪質!といった声が多く聞かれます。

以下、SNSを中心に寄せられている世論の声を取り上げます。

本人が知らなかったのはまだわかるが、ダイヤモンドバックスが知らないわけがない。他国でスカウト活動する上でまず最初に把握すべきルールでしょ。

規定が無い訳ないし、何にも難しい事も書いてない。パナの責任重大だと思う

今後、こいつが活躍してもテレビ放送しない方向でいいのでは?
ついでに、ダイヤモンドバックスには日本球界から何らかの処罰を受けるべきだと思う。
いい大人が知らなかったでは済まされない。
なんなら、国際問題にして安倍とトランプに出てもらうしかないだろう。

これは甘いのでは?本人にしてはもう戻ってくる気はないと思うし。
後は管理不足としてパナソニックにも罰則してみては?

世論の声にもあるように、今まで野球をやるために世話になってきた恩義を考えれば、再登録資格の剥奪程度では甘いという声すらあるのです。

それだけ今回の件は重大ということですね。

ただ、いくら日本球界で処分を重くしたところで、吉川峻平投手が規定を知っていながら水面下で動いていたという場合には、そもそも日本球界に興味がない可能性もあります。

日本のプロ野球界に入る気はさらさらなく、メジャーしか視野にない場合、再登録資格の剥奪は彼にとって全く痛くもかゆくもないかもしれません。

吉川峻平投手(=パナソニック)の大学,高校の経歴 ドラフト候補にも

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吉川峻平投手は1995年生まれ、大阪府吹田市出身の野球選手です。

2018年8月24日にアリゾナ・ダイアモンドバックスとマイナー契約を結んでいるため、肩書としてはプロ野球選手ということになります。

以下、サムライジャパンに選出されたときのプロフィール欄から経歴を引用します。

1995年1月24日生まれ

佐竹台ストロングアロー(佐竹台小)→千里山ボーイズ(高野台中)→関西大北陽高関西大→パナソニック

また、プロ入り前についてwikipediaに詳しい経歴が載っています。

7歳から野球を始め、吹田市立佐竹台小学校在学時は「佐竹台ストロングアロー」、吹田市立高野台中学校在学時は「千里山ボーイズ」に所属した。中学時代までのポジションは内野手。

高校2年からは投手に専念。関西大学北陽高等学校在学中、3年の夏の全国高等学校野球選手権大阪大会ではエースとして、26回1/3連続無失点の好投を演じ、ベスト16進出に貢献した。

高校卒業後は関西学生野球連盟に所属する関西大学野球部に進学、4年の夏の第40回日米大学野球選手権大会日本代表に選出された。大学卒業後、社会人野球のパナソニック野球部へ入社した。

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