【死因=肝臓がんで死去】星野文昭って誰?渋谷暴動事件(仮釈放)の証拠と出身大学

事件

こんにちは!Buzz Fixer編集部の吉井です。

1971年11月に渋谷で発生した渋谷暴動事件の犯人の一人として逮捕された星野文昭さんが死去しました。共同通信などによると、以下のように報じています。


1971年、東京・渋谷の沖縄返還協定反対闘争で警察官を○害したとして、殺○罪などで無期懲役が確定した星野文昭受刑者(73)が30日、収容先の東日本成人矯正医療センター(東京都昭島市)で死去したことが分かった。関係者によると、5月に肝臓がんの手術を受けていた。

事件は71年11月14日に発生。米軍駐留を認めた沖縄返還協定の調印に反対する学生らのデモ隊が暴徒化し、東京・渋谷で、機動隊や派出所を火炎瓶や鉄パイプで襲撃した。新潟県警の巡査が死○、同県警の別の警察官3人も重傷を負った。

星野受刑者は無罪を主張したが、87年に最高裁で無期懲役が確定した。

世間を震撼させた昭和の大事件の犯人ということだけあって、世間での注目度もかなり高いようです。


星野文昭って誰?死因=肝臓がんで死去

星野文昭さんは、渋谷暴動事件の犯人の一人として逮捕された人物です。

中核派と呼ばれ、破壊活動防止法違反の疑いで逮捕起訴されました。

この事件では、警察官が1人亡くなっており、学生が起こした事件としてマスコミでも大々的に報じられました。

星野さんは事件当時に逮捕されましたが、犯人グループの1人である大坂正明さんが逃亡し、長年指名手配をされていたことで、この事件は世間の関心を多く集めることになります。

報道によれば、星野さんは収容先の東日本成人矯正医療センターで死去。

肝臓がんの手術を受けていたということで、これが原因で亡くなったと思われます。

渋谷暴動事件(仮釈放)の証拠

星野さんは1987年に無期懲役の判決が下り、徳島刑務所に収監されます。

しかし、彼は一貫して無罪を主張。その間に冤罪として再審請求を行っていました。

渋谷暴動事件自体は、中核派の学生たち150人が警察官に向かって一斉に火炎瓶を投げつけたため、亡くなった警察官に直接手を下した犯人の特定が難しいのではないか?と言われましたが、警察は大坂正明・星野文昭・荒川碩哉・奥深山幸男らを中心とする7名を犯人と特定しました。

星野さんの支援団体などでは、この証拠が不十分だとして、再審請求を全面的に支援していたそうです。

出身大学はどこ?

星野文昭さんは、渋谷暴動事件当時、学生であったことは確かですが、出身大学などは公表されておらず不明です。

ただし、事件を起こした中核派の学生団体である『革命的共産主義者同盟全国委員会』はいずれも都内在住の学生を中心に結成されていたようなので、大学は都内だった可能性が高いでしょう。

ネットの反応

今回の報道を受けて、世論はどのように反応しているのでしょうか?

ネットの掲示板などに書き込まれたユーザーの声の一部を紹介します。

あまり考えたこたなかったけど、犯罪者は無料で治療ができるんですね。
うらやましい限りです。
孤独死などの心配もないですからね。

中核派の構成員ですよね
中核派としては未だに「不当逮捕」なのでしょうね

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