【死因=悪性脳腫瘍】女子プロレスラーRayが死去 本名や家族,経歴について

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こんにちは!Buzz Fixer編集部の吉井です。

プロレス界に訃報が飛び込んできました。女子プロレスで仮面レスラーとして活躍していたRay選手が2018年8月30日の未明に死去しました。東スポによれば以下のように報道。

女子プロレス「ピュアJ」は31日、覆面女子プロレスラーのRayさんが30日午後2時18分に死去したと発表した。本名と年齢は非公表。

Rayさんは2003年に我闘姑娘でデビューし、その後はエスオベーションやアイスリボンに所属。12年からフリーで活動していた。

Ray選手は2016年の2月に悪性脳腫瘍を患っていることを公表しており、ファンの間では彼女の病状を心配する声も多数ありました。

そんななかでの突然の訃報にファンや関係者を中心に悲しみの声が広がっています。


死因=悪性脳腫瘍 女子プロレスラーRayが死去

上でも記載したように、Rayさんは2016年から悪性脳腫瘍の治療に専念していました。

悪性腫瘍が発覚したのは、試合中に起こした脳震盪の精密検査を受けたときのことでした。デイリーではこのことについて以下のように報じています。

15年12月22日の試合で脳しんとうを起こし、検査を受けた結果、悪性脳腫瘍があることが判明。復帰を目指して治療を続けていたが、再びリングに上がることはかなわず、天国へ旅立った。

およそ2年半に及ぶ闘病生活を送り、懸命な治療を行ってきたものの、残念な結果となってしまいました。

彼女が正式に悪性脳腫瘍を患っていることを明かしたのは、2016年2月17日の都内で行われた記者会見でした。この場において、左目の視床付近に悪性の脳腫瘍があることを明かしました。

この記者会見では進行度合いについても言及しており、この時点ですでにGrade Ⅲということでした。この悪性度合いはかなり高く、4段階ある悪性度合いのうち、上から数えて2番目の度合いになります。

これとともに、手術が不可能であることも明かしており、薬物療法や放射線治療などで闘病生活を送っていたようです。

Rayさんの本名は?家族や経歴について

Ray選手は覆面レスラーというだけあって、素顔はもちろんのこと、年齢や本名も公表していません。

ネット上でも彼女の本名が何なのか?という噂は尽きませんが、公式発表がないため不明です。ただし、今回の訃報によって本名が公開されることも考えられます。

こちらについては、詳細が分かり次第追記いたします。

同様に、プライベートな内容は一切公開していないため、家族などに関する情報もありません。

ただし、トレーナーとして彼女を育てたのが『さくらえみ』さんと、吉田万里子さんであることは有名ですね。

以下、簡単にRayさんの経歴を回想しておきます。

Ray(レイ,本名非公開)

身長162cm
体重55kg

我闘姑娘生え抜き第1号だったが2007年3月18日の息吹興行でエスオベーションへの移籍を発表して同時にリングネームを「零」から改名。2011年3月よりアイスリボン所属。2012年5月より再びフリー。

2013年9月15日、東京・後楽園ホールにおいて、対さくらえみ戦でデビュー。

2016年9月12日、東京・新木場1stRING(未来メモリアル)において、江本敦子と組んで、栗原あゆみ、木村響子と対戦。
2016年9月24日、東京・新木場1stRINGにおいて、希月あおいと対戦。

2008年4月16日、プロレスリングWAVE初参戦。

2009年9月23日、「パッション・レッド」に加入。

2010年3月19日、パッション・レッド興行にて師匠・さくらえみとのシングルで敗れ、これを最後に休業。

2011年2月23日、初参戦となるアイスリボンで、我闘姑娘時代の後輩であるみなみ飛香と対戦。
2011年5月8日、復帰後初となるJWP参戦。
2011年6月4日、REINA 5新木場大会REINA初参戦。

2014年12月7日、初の大阪での自主興行『覆面増殖大作戦in大阪』を世界館で開催する。

2016年2月17日、東京都内で緊急会見を開き、左目の視床付近に悪性の脳腫瘍があることを発表。