【死因は病気?】時津洋宏典親方(吉岡宏典=元幕内)が死去 経歴や嫁,子供は?

訃報

こんにちは!Buzz Fixer編集部の吉井です。

元大相撲幕内力士の時津洋宏典さんが死去しました。スポーツ報知などによると以下のように報じています。

大相撲元幕内・時津洋でちゃんこ店経営の吉岡宏典さんが14日に心不全のため亡くなったことが17日、分かった。49歳だった。

吉岡さんは、徳島県出身で“阿波の怪童”と呼ばれ、中学卒業後の1985年春場所で初土俵。最高位は東前頭4枚目で、幕内を19場所務めた。99年秋場所で引退し、当時の規定でしこ名のまま準年寄を2年間務めてから日本相撲協会を退職。タレントと荒汐部屋のコーチを務めながら、2001年に東京都内で相撲料理「時津洋」を開業。一時はシンガポールなど海外にも出店するなど店舗を拡張。近年は東京・神田錦町に一本化していた。スポーツ報知で釣りコラムを書くなど、釣り好きでも有名で、自ら釣った魚を店で振る舞っていた。

葬儀・告別式は19日午後2時から江東区亀戸6-28-4、北辰舎で行われる。喪主は妻・晶子(あきこ)さん。


死因は病気?時津洋宏典(吉岡宏典=元幕内)が死去

冒頭に報じたとおり、元幕内力士の時津洋さんが死去しました。

直接的な死因は心不全とのことです。

引退後は準年寄として時津風部屋の親方を務めていましたが、任期満了の2001年からはタレント活動や日本橋での料理店『相撲部屋料理 時津洋』などを経営していました。


▲『相撲部屋料理 時津洋』の様子

ネットの反応

今回の報道を受けて、世論はどのように反応しているのでしょうか?

ネットの掲示板などに書き込まれたユーザーの声の一部を紹介します。

それが原因かはわからないけど、若くして急逝してしまうのは、引退してからも体質を改善しないと、お相撲さんは、こういう危険が伴うんだと思う。

普通の心臓しか持たない人間が、鍛えて食べてを繰り返して体を酷使し、180キロ以上に仕上げ、同レベルの人間たちと全力でぶつかり合った。
当然、身体、特に心臓は悲鳴をあげていたはず。
力士は早死にが多いが、身体を平均160キロ以上にする風潮を無くすべきではないか?
ヘヴィ級ボクサーでもプロレスラーでも大体100キロそこそこ。
幕内力士の160キロ越えは異常とも言えるのではないか。

若い、ご冥福を祈ります。
この方がそうだとは言わないが、30後半〜40前半から透析を受けはじめた元力士だという方を3人も知っている。うち1人がやはり心臓に限界が来て50半ばで亡くなった。ここまで露骨に命を削る競技は世界でも類を見ないのではないか?

経歴や嫁,子供は?

ご結婚に関して、時期は定かではありませんが、報道にある通り奥さんは晶子さんとおっしゃいます。

子供については公にされている情報はなく、確かな情報はありません。

以下、簡単な略歴です。

時津洋 宏典(ときつなだ・ひろのり) 
本名・吉岡宏典。1969年8月2日、徳島県美馬市生まれ。中学卒業と同時に時津風部屋に入門。当時の師匠は後に日本相撲協会理事長を務めた元大関・初代豊山。85年春場所で初土俵を踏み、90年九州場所で新十両。92年夏場所で新入幕。最高位は93年名古屋場所での東前頭4枚目。99年名古屋場所で幕下に転落し、翌秋場所に引退。十両優勝2回。しこ名のまま2年間、準年寄を務めた。現役時代は188センチ、183キロ。

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