こんにちは!Buzz Fixer編集部の吉井です。
写真家として活躍している幡野広志(はたのひろし)氏が多発性骨髄腫という血液ガンを公表し、話題となっています。日経デュアルの取材では以下のようにコメントしています。
僕自身が自分の体調の異変を感じたのは、2017年の6月でした。背中が何とも言えず痛くなって。最初は「疲れたのかな」と思っていました。でもまだ病院に行くレベルではなく。
(一部略)
仕事柄、日常的に重い機材をたくさん持つので、そのせいで肩が凝っているのかな、と。ただ、夜がつらくて。横になると痛みのあまり眠れず、市販の鎮痛剤を飲むようになりました。少しして睡眠薬も飲むようになりました。僕は花粉症などのアレルギーがあるので、花粉症の時期にネットで取り寄せて薬を常備していたんです。鎮痛剤と睡眠薬でやっと眠るという感じでした。
6月のうちに病院にも行きました。まず整形外科でレントゲンを撮ってもらいましたが、何も映らない。痛みの範囲がちょうど帯状疱疹が出る範囲と一致していたため、「疲労が原因の帯状疱疹が出る予兆でしょう」と言われ、帯状疱疹の薬と鎮痛剤を処方されましたが、もちろん痛みは変わりませんでした。
次は内科に行きましたが、それでも原因が分からず。一応、鎮痛剤と睡眠薬で何とかなっていたので、「いずれよくなるだろう」と思っていたんです。でも、10月になって、夜中に痛みのあまり呻きだすほど容体が悪化してしまいました。
(一部略)
そして、10月末のこと。仕事で撮影中に背骨が「ピキッ」といって上半身が動かなくなり、「これが世に言う『ギックリ腰』か」と思って整形外科へ。それでも「何もないね」と言われて。その後、鍼とマッサージにも通いましたが、「ギックリ腰なら1~2日で治るはず。幡野さんみたいに何日も痛みが出るってあり得ないよ。もっと大きい病院に行くか、精神科に行ったほうがいい」と言われました。
それで、11月下旬に大きい病院に行き、体の調子がおかしいと訴えたら、「ではMRIを撮ってみましょう」と言われました。体の状態が最悪だったのは、あのころです。胸や背中に加えて足も動かなくなったんです。中腰になると生まれたての小鹿みたいに動けなくなる。体調を理由に仕事も断るようになりました。MRIを撮るときに20~30分ぐらい同じ体勢を取ること自体が地獄でした。痛くて痛くて耐えられなくて。
色々な病院を回った末に、ようやく腫瘍が見つかったとのこと。
今回は若くして多発性骨髄腫という血液ガンに罹患された幡野広志氏を取り上げます。
幡野広志が多発性骨髄腫(血液ガン)を公表
11月末に受けたMRIで背骨に大きな腫瘍があり、それは素人目にもわかるほどに異常な画像だったといいます。
素人目にも異常があることが分かるほど、背骨に大きな腫瘍があった。モノクロの透けた色の中で、異常があるところだけ真っ白に映るんです。先生も深刻なトーンになっていました。
結局精密検査を受けて病名が正式に分かったのは痛みを感じてから半年以上が経過した1月上旬のことだったといいます。
多発性骨髄腫というのは、本来われわれを守ってくれる細胞に異常が生じ、がん細胞化してしまう病気です。
背骨の方から発症する腫瘍はかなり珍しく、疫学的には10万人に1人程度の割合だといいます。
一般的に、①血球(赤血球、血小板、白血球)が減少し、貧血などの症状が起こる、②骨に障害が起こり、腰痛が起きたり、骨折しやすくなる、③腎臓の機能が悪くなり、むくみが出たり尿が減る、というのが三大症状です。
※こつずいしゅ通信より引用
wikiやtwitter情報と経歴
幡野広志氏のwikipedia情報はないため、経歴を簡単に紹介します。
1983年、東京生まれで、2010年には「海上遺跡」Nikon Juna21 を受賞されています。
翌年の2012年にはエプソンフォトグランプリにも入賞しており、同年には狩猟免許も取得。
Twitterのプロフィールランでは写真家、猟師と記載されています。
幡野広志氏の公式Twitterはこちら↓
https://twitter.com/hatanohiroshi
直近では2018年9月に『ぼくが子どものころ、ほしかった親になる』という本を出版し、若くしてガンを患いながら写真家としての活動を続ける人物として話題を呼んでいます。
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本著では、30代でガンを発症した自身の心境と、2歳の息子に伝えたい大切なことをテーマに本音がつづられています。
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