【死因=肝不全】仁和令子(佐藤知佐子)の末期がんはなぜ分からなかった?

女優

こんにちは!Buzz Fixer編集部の吉井です。

2018年8月21日に旦那さんである佐藤隆さんがフェイスブックで公表してから早数日。仁和令子こと佐藤知佐子さんの死を受けて悲しみの声が広がっています。デイリーニュースは速報記事として以下のように報じました。

「大岡越前」「江戸を斬る」など多くの時代劇に出演した女優・仁和令子=本名・佐藤知佐子=さんが7月5日に肝不全で亡くなっていたことが22日、わかった。60歳。21日、夫でシンガーソングライターの佐藤隆がフェイスブックで報告した。

佐藤によると、今年の2月ごろから腰の痛みを訴え、5月になってあまり痛みがひどかった為、救急搬送。CTスキャンをとったところ、「末期がん」と告げられたという。

5月14日に長年世話になっている病院を受診したが、「ステージ4の末期ガンで全身に癌が転移」と診断され、そのまま入院。すでに治療には遅すぎた段階で「入院して52日で旅立ってしまいました」と伝えた。

このように、気付いたときにはすでに末期がんの状態で、手の施しようがなかったといいます。しかし、現代の医学は早期発見の技術が高まっており、特に肝臓に関しては血液検査でも顕著な値を示すことから、ファンの間では『なぜ末期になるまでわからなかったの?』という悲痛な声が多く聞かれます。

ここでは、7月5日に亡くなられた仁和令子こと佐藤知佐子さんの最期について取り上げます。


死因は肝不全 発見時点ではすでに末期がん

冒頭にも掲載した通り、仁和令子こと佐藤知佐子さんが7月5日に死去されました。死因はがんの進行にともなう肝不全です。

肝不全とは言っても、肝臓がんが進行して起こる肝不全なのか、それとも他のところにできたがん細胞が肝臓に転移して肝不全(転移性肝不全という)を起こしたのかは不明です。

報道を見る限り、すでに判明したときには全身に転移していたと明かされていますので、転移性肝不全であった可能性は高いでしょう。佐藤隆さんは最期の病状について以下のように発表しています。

肝臓が癌によってかなり肥大していたため、お腹が圧迫され、食事をするのが大変だったことも説明。「それでも本人は希望を持って頑張りましたが、癌の進行が早くまた食事が思うようにとれなかったために痩せて体力が落ち60歳という年齢で旅立ってしまいました。最後は息子と自分が側についていてあげることができました。」と愛する家族に看取られて旅立ったという。

この文面からも、最後は壮絶だったことが読み取れます。

仁和令子こと佐藤知佐子さんの末期がんが判明したのが2018年5月中旬、そこから約1カ月半程度での早いお別れになってしまいました。

最近では全身に転移するほどまでがんが判明しないということは珍しくなってきました。そのなか、末期がんになるまで判明しなかったのは、おそらく自覚症状がそれほどなかったことが大きな原因でしょう。

腰痛がひどくなって病院を受診したと報道されていますが、それまではただの腰痛程度にしか思っていなかった可能性があります。さらに、健康診断や人間ドックなどの血液検査も行ってなかったようなので、ここまで発見が遅れてしまったと考えられます。

特に肝臓がんの場合には痛みを感じることは少なく、逆に痛みを感じたときにはかなり進行していることが多いです。

ちなみに、一般的に報道において肝不全が公表される場合、遺族の意向でガンであることを公表したくないというケースが多いといわれています。ただし、今回の場合は末期がんであったことも公表されているので、このケースには当てはまりませんね。

もう少し早ければ助かっていた?

発見時点で末期がんであったという場合、どうしても考えてしまうのが『もう少し早く気づいていれば…』ということです。

佐藤知佐子さんの場合、御年も召していましたので、がん細胞の進行速度はそこまで早くなかったと思われます。このことを考えると、3~5カ月程度前に気付いていれば、十分治療の余地はあった可能性はあります。

肝臓がんは日本でも年間3万人程度が命を落とす病気ですが、年々完治率も上がってきており、脂肪率は右肩下がりで微減しています。

現在の治療であれば、早期とは言わないまでももう少し早ければ少なくても数年は生きれたかもしれません。