【死因は病気?】滝内弥瑞生(元西鉄内野手)が死去 西武二軍コーチも歴任

スポーツ

(※前列一番左が滝内弥瑞生氏)

こんにちは!Buzz Fixer編集部の吉井です。

元西鉄ライオンズで内野手として活躍した滝内弥瑞生(やすお)氏が死去しました。スポニチアネックスによると、以下のように報じています。

元西鉄の内野手で、近鉄で2軍監督を務めた滝内弥瑞生(たきうち・やすお)氏が23日に死去した。82歳。西武が発表した。

通夜は23日午後7時から、告別式は24日午前11時から、福岡市中央区のユウベル積善社福岡斎場で執り行う。

滝内氏は1954年に、西鉄に入団。56年に1軍に定着し、39試合に先発出場。また代走・守備要員としても起用され、同年からチームの3年連続リーグ優勝・日本一に貢献するなど西鉄の黄金時代を支えた。

西鉄ライオンズ時代を知る人のなかには、当時の滝内氏の活躍が脳裏に焼き付いている人もいるでしょう。

今回は訃報が報じられた滝内弥瑞生氏を取り上げます。

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死因は病気?滝内弥瑞生(元西鉄内野手)が死去

スポーツ紙を中心に各メディアが訃報を報じています。

ただ、速報で報じていたスポニチアネックスでは死因については一切触れられていませんでした。

そこで死因について調べてみましたが、西武の公式発表でも触れられておらず、また病歴などについても一切情報がなかったため明確なことは分かりません。

しかし、滝内氏は1989年から務めていた西武ライオンズの二軍監督を1992年に退任。それ以降はメディアでも名前を聞くことはほとんどありませんでした。

表舞台から姿を消して20年以上。その間に重い病にかかり、闘病生活を送っていた可能性は十分に考えられるでしょう。

ネットの反応

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今回の訃報を受けて、西鉄時代を知るファンの間では悲しみの声が広がっています。

ネットを中心に今回の訃報に寄せられた声を一部紹介します。

10・19では、近鉄の3塁ベースコーチを
務めていたんじゃなかったかな。
独特のジェスチャーで腕を回して。

後に審判員に転身する佐藤がオーバーランでアウトになり、
早くに亡くなった鈴木が際どいタイミングで本塁セーフに。
滝内さんはもの凄いプレッシャーだっただろうな。

あれから30年か…。

久しぶりに聞いた滝内氏の名前が訃報とは。
ご冥福をお祈りします。

西鉄レジェンズの一角。
ご冥福をお祈りいたします。

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