【死因=自殺】蘇啓誠が死去 大阪経済文化弁事処長の経歴と動機

海外

こんにちは!Buzz Fixer編集部の吉井です。

台湾駐大阪領事館の蘇啓誠(そ・けいせい)処長が死去したと報道されました。産経新聞によれば以下のように報じています。

台湾の外交部(外務省に相当)は14日、台北駐大阪経済文化弁事処(領事館)の蘇啓誠(そ・けいせい)処長(61)が同日朝、自殺したと発表した。外交部は自殺の動機は明らかにしていない。

蘇氏は台湾南部・嘉義県生まれ。1991年に外交部に入り、台湾の対日窓口機関、亜東関係協会(当時)の副秘書長などを経て今年7月、那覇弁事処処長から大阪弁事処処長に転任した。

台風21号の影響で関西国際空港に多数の旅行客が取り残された問題をめぐり、台湾人旅行客への支援が不十分だったとして、日本にある台湾の出先機関の対応が批判されていた。この問題では、中国の駐大阪領事館が大型バスを手配して中国人を優先的に避難させたとの虚偽情報もネット上に出回っていた。

台湾の外交部の発表では、死因は自殺とされていますがその動機は明らかにされていないようです。

ここでは蘇啓誠(そ・けいせい)氏が自ら命を絶った動機や彼の経歴などについてまとめていきます。

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死因=自殺 蘇啓誠が死去。動機は何?

冒頭に記載したように、蘇啓誠氏が2018年9月14日に死去しました。自ら命を絶ったとみられています。

動機について正式に公表はされていないものの、日本に甚大な被害をもたらした台風21号への対応に対して批判が相次いだことが理由と考えられています。

報道にもある通り、台風21号の影響で関西国際空港にはかなりの数の旅行客が取り残されていました。しかし、ネットでは中国の領事館がバスを手配し、中国人を最優先で避難させたというデマ情報が流れました。

もちろん当時はこれがデマであるかどうかの判断は誰にもつかず、その一方で台湾の領事館に対する批判が相次いだのです。

下の世論の声にもありますが、ネットのデマ情報が一人の個人を追い詰めて、最終的には命まで奪ってしまうというのは本当に悲しいことです。

ネットの反応

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今回の件が報道されて、世論はどのように感じているのでしょうか?

ネットを中心に寄せられている声を集めました。

この人新しい大阪処長として今年着任して来たばかりなのに。
あの状況でできる支援なんて限られてただろうに、、、 悲しいなぁ・・・・
ご冥福をお祈りいたします。

いつもいの一番に日本を気にかけてくれる台湾。
台湾と日本のために頑張って下さった方が自然災害の為にと思うと本当に残念です。
ご冥福をお祈りします。

今回のこの関空の足止めで台湾駐日経済文化代表処の対応が悪く炎上しているのは知っていましたが。。
フェイクニュースだけが理由で炎上しているわけではないですよ、とにかく対応が悪かったそうです。
でも、自殺とはショッキングですね。

中国人だけ優先して出られたっていうのも結局デマだったんでしょ?
きちんと検証するべきでは?

フェイクニュースで個人を追い詰める風潮が年々加速してる。
刺激的な見出しに乗せられて無闇に野次馬にならないよう受け取り手の私も気をつけねば。
それにしても今回の件は、虚報を流すことで誰が利益を得るかが分かりやすすぎる。

この人は悪くないと思うぞ。
自然災害だもの、仕方がないじゃないか。

蘇啓誠処長の経歴

蘇啓誠(そ・けいせい)氏は台湾出身の外交官。

1957年8月1日台湾嘉義県生まれ。

2018年7月に那覇から大阪の領事館(経済文化弁事処)のトップに就任しました。略歴は以下。

学歴

1979年6月 私立東呉大学日本語学科卒業

1981年6月 私立中国文化大学大学院日本文学専攻修士号取得

1988年4月 国立大阪大学大学院日本学専攻修士号取得

経歴

1991年1月 外交部に入り、研修を受ける

1991年6月 東アジア太平洋司(局)事務官

1995年1月 台北駐日経済文化代表処三等書記官、二等書記官

2002年1月 亜東関係協会秘書組長(総務課長)

2006年1月 駐那覇弁事処領事部長

2007年7月 台北駐日経済文化代表処 代表秘書官

2011年8月 亜東関係協会副秘書長

2013年12月 駐那覇弁事処処長

2018年7月から 駐大阪弁事処処長

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