【浪曲漫才タイヘイトリオ】タイヘイ夢路(辻本節子)さんが肝硬変で死去

エンタメ

こんにちは!Buzz Fixer編集部の吉井です。

浪曲漫才師として知られるタイヘイトリオのタイヘイ夢路こと辻本節子さんが2018年7月31日に肝硬変で死去しました。

浪曲漫才「タイヘイトリオ」として昭和30年代から40年代に活躍した、タイヘイ夢路(たいへい・ゆめじ、本名=辻本節子=つじもと・せつこ)さんが7月31日、肝硬変のため大阪市内の病院で死去した。88歳。奈良県出身。葬儀・告別式は近親者で行った。

出典:産経新聞

浪曲漫才として一時代を気付き上げた彼女の訃報に、芸能界からも悲しみの声が出ています。

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タイヘイ夢路(辻本節子)さんが肝硬変で死去

所属事務所である有限会社アンクルが8月6日にタイヘイ夢路(辻本節子)さんの死去を認めました。享年88歳、葬儀告別式は近親者のみで執り行ったということです。

タイヘイトリオといえば、「またも出ましたロマンショー」のフレーズで有名な浪曲漫才師です。

タイヘイ洋児、タイヘイ原児とともにタイヘイトリオを結成して、浪曲漫才の一時代を築き上げました。

ちなみに、タイヘイ原児さんは2002年の9月14日に心筋梗塞で死去されています。

タイヘイ夢路さんは2016年まで関西演芸協会まつりなどに出席し、舞台にも立っていました。しかし、それ以降体調が優れず入退院を繰り返す日々。

そんななかでの今回の訃報となりました。

訃報に世論からも悲しみの声

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大阪を中心に活動していたため、関東圏ではそこまで名前は知られていません。しかし、それでも一部のお笑いファンにとっては衝撃の訃報となったようです。

全国区に躍り出た「いただきます」のタイヘイ夢路おっ師匠さんも今や昔!レツゴー三匹の師匠いうても、もう正児師匠しかいないわけで!昭和は遠くなりにけり!ご冥福をお祈りいたします。

一つの時代が終わった

ご冥福をお祈りします

自分よりひと回りくらい若い方が亡くなるのはなんだか寂しいね。あの頃はいい時代でした。ご冥福をお祈りします。

♪またも出ました浪漫ショウ♪いつもニコニコほがらかに♪「夢路さん」『あ“~いよ~』タイヘイトリオでみせるダミ声のボケと毒舌は唯一無二でした。
(そういえばこの出囃子は「夢で逢えたら」のタキシーズが使ってましたね)
残念ですが、長い間お疲れ様でした。

面白いおばちゃんやったな!!
子供の頃テレビを観て、いつも
笑いころげていました。
 ありがとう。

このような声がネット上では散見されます。もしかすると、子供の頃に見て面白かった!という印象が今でも残っている人は多いかもしれませんね。

タイヘイ一門が残した功績は大きい

世間ではあまり知られていませんが、タイヘイ一門というものが業界には存在していました。

この一門の弟子に入り、浪曲を学んだのが「レツゴー三匹」と「ザ・ぼんち」です。

どちらも一世風靡した漫才師で、知っている人も多いことでしょう。

そして、「レツゴー三匹」の弟子が「太平サブロー・シロー」です。

こう見てみると、浪曲漫才はもちろんのこと、タイヘイ一門が吉本に残した功績はとても大きかったのではないでしょうか。

晩年はテレビ出演もほとんどなく、若い人では知らない人も多いともいます。

葬儀告別式も近親者のみということでしたが、芸能界ではお世話になった人も多いはず。

改めて、ご冥福をお祈りいたします。

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