【死因は?】グエンバントゥアン少佐が死去 ベトナム人民軍

海外

こんにちは!Buzz Fixer編集部の吉井です。

2018年8月21日、日本時間の午後15時ごろにベトナムからの訃報が入ってきました。地元ではベトナム人民軍の英雄として慕われていたグエン・バン・トゥアン少佐が死去しました。ベトナム情報サイト『ベトジョー』は以下のように報じています。

ベトナム戦争に諜報部員として従軍した際に捕虜になり、米軍の残酷な拷問に耐え抜いて生還したベトナム人民軍の英雄、グエン・バン・トゥオン少佐が13日、死去した。80歳だった。

ベトナム戦争の際のアメリカの拷問は壮絶を極め、その体験談は目を覆いたくなるような内容です。これをきっかけにベトナム戦争下におけるアメリカのやり口に批判が殺到しました。

そんなベトナム戦争の生き証人でもあったグエン・バン・トゥアン少佐の訃報によって、地元ベトナムでも悲しみの声が広がっています。

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グエン・バン・トゥアン少佐が死去 死因は?

上に掲載した通り、現地時間の2018年8月13日にグエン・バン・トゥアン少佐が死去しました。しかし、いずれのメディアも死因を報じていません。

そのため、ネットを中心に『当時の拷問による後遺症が原因か?』などと、彼の死因について憶測が広がっています。

しかし、当時のベトナム戦争下で受けた拷問については、命に係わる後遺症が残るものではありませんでした。

あまりに凄惨を極めましたので、こちらでの直接的な言及は避けたいと思いますが、骨折や足の切り落としなどがその典型でした。

もしこの拷問によって細菌などが足から入り、後遺症が残ったというのであればもう少し早く症状があらわれているはずです。

拷問事件からはすでに60年近くが経ちますので、後遺症の可能性は少ないといえるでしょう。

死因については正確な情報が入り次第、追記いたします。

グエン・バン・トゥアン少佐の経歴

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ベトナムの英雄『グエン・バン・トゥアン少佐』について、経歴をまとめておきました。非常に愛国心が強く、拷問の際のエピソードなどは太平洋戦時下の日本兵を見ているような感覚に陥ります。

トゥオン氏は1938年に東南部地方タイニン省で革命一家の子として誕生した。母親は情報連絡員で、1946年に敵に捕まり獄死。父親も諜報部員で1959年に獄死した。トゥオン氏は1961年に偵察部隊に配属され、ボー・バン・キエット氏(当時のT4サイゴン・ザーディン地区党書記、後の首相)の護衛を務めた。

その後諜報部員となり、1969年に機密文書を運搬中に東南部地方ビンズオン省で米軍に捕縛された。米軍は多額の現金や乗用車、別荘などを交換条件にして情報を聞き出そうとしたが目的を果たせず、拷問に切り替えた。

ベトナム戦争時に行われた拷問の詳細についてはこちらを参照してください。

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