【死去】仲野和男氏の経歴と病歴 死因は拡張型心筋症

訃報

こんにちは!Buzz Fixer編集部の吉井です。

2018年8月19日に日本野球のパリーグ統括・仲野和男氏が死去しました。日刊スポーツは以下のように報じています。

日本野球機構(NPB)は20日、仲野和男パ・リーグ統括が拡張型心筋症・心臓弁膜症で19日夜に死去したと発表した。57歳。

通夜は24日午後6時から、告別式は25日午前10時15分から「セレモ鎌ケ谷ホール」(千葉県鎌ケ谷市南初富6-5-61)で執り行われる。喪主は妻の七重(ななえ)さん。

ここにもある通り、死因は拡張型心筋症と心臓弁膜症です。57歳という若さでの他界に、業界を中心として悲しみの声が広がっています。

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仲野和男氏の経歴と病歴

仲野和男氏は元西武ライオンズのプロ野球選手で、現役引退後は日本野球機構パシフィックリーグ統括兼パシフィックリーグ運営部長の他、公益財団法人日本プロスポーツ協会評議員なども務めました。

我孫子高では、2年次の1978年に夏の甲子園に出場。1学年後輩に和田豊がいる。
1979年オフ、チームメイトの板沢峰生内野手と共にドラフト外で西武ライオンズに入団。
一軍公式戦出場のないまま、1982年に現役を引退した。

1軍での公式試合への出場がなかったため、野球ファンでも知らない人は多いでしょう。しかし、我孫子高校時代は甲子園で注目された選手です。

昭和53年夏の大会では和田豊とともに出場

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和田豊氏といえば、阪神タイガースで数々の記録を作り、プロ野球界で大活躍。現役引退後も阪神タイガースの1軍監督を3年間歴任した人物です。

2018年現在は球団本部付テクニカルアドバイザーを務めていますが、そんな和田豊氏とは我孫子高等学校時代の先輩後輩の関係です。

仲野和男氏が先輩で、昭和53年の夏の千葉大会で優勝したさいのチームメイトでした。

彼の同級生で同じく西武ライオンズに入団した板沢峰生選手も心臓病で19歳という若さで亡くなっていることと関連付けて悲しみのコメントを投稿するファンが目立ちます。

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