【五所川原前市長】平山誠敏が死去 がんによる闘病生活と経歴

訃報

こんにちは!Buzz Fixer編集部の吉井です。

2018年8月14日、青森県五所川原市の前市長である平山誠敏氏が死去されました。この件について東奥日報では以下のように報じています。

青森県五所川原市長を3期務めた平山誠敏さんが14日、がんのため亡くなった。関係者からは「穏やかな人柄で五所川原をまとめてくれた」「立佞武多(たちねぷた)を盛り上げた功労者」など、突然の死を惜しむ声が上がった。

市政関係者からの信頼も厚く、町の活性化に大きく貢献したことで知られる平山誠敏氏。突然の訃報と報じられているものの、がんによる闘病生活は2015年から続いていました。

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平山誠敏が死去 がんによる闘病生活は2015年から続いた

平山誠敏氏の死因は左腎盂(じんう)がんです。このがんは腎臓の尿が集まる腎盂というところに悪性の腫瘍ができる病気です。国立がん研究センターでは以下のように解説されています。

腎盂・尿管がんは、尿路内のいろいろな場所に多発しやすいという特徴があります。腎盂と尿管の両方にできることもあります。左右どちらかの腎盂か尿管にがんができ、その治療後に反対側の腎盂か尿管にがんが発生することがごくまれにあります。腎盂・尿管がんでは、治療後30〜50%程度で、膀胱にがんが発生することが知られています。

疫学的には男性の方が女性よりも若干多く、2010年度のデータでは男性約6.7千人、女性約3.3千人がこの病で亡くなっています。

平山誠敏氏のがんが発覚したのは2015年。この当時、市長の座についていた平山誠敏氏は一時期公務を離れました。

15年にがんが判明。約4カ月にわたって公務を離れた。公務復帰後も、抗がん剤治療を受けていた。今年3月には、任期満了に伴う6月の市長選への4選出馬をいったん表明したものの、4月に健康不安を理由に撤回。政界引退も表明した。

2018年の4月には出馬を取りやめていることから病状は相当程度悪化していたと思われます。病状が急変したのは14日の朝ということです。

平山誠敏氏の経歴

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青森県五所川原市長を3期、青森県議会議員を2期務めた地元の名士です。以下略歴をwikipediaより引用。

青森県五所川原市出身。青森県立弘前高等学校、早稲田大学政治経済学部卒業。

1999年(平成11年)4月30日、青森県議会議員に就任。2003年(平成15年)、再選。

2006年(平成18年)5月27日、五所川原市長の成田守が健康上の理由により辞職。これに伴って7月9日に行われた市長選挙に自由民主党と公明党の推薦を受けて出馬。前市議の前田清勝、「羽柴誠三秀吉」や「羽柴秀吉」名義の政治活動で知られる三上誠三らを破り初当選した(平山:21,174票、前田:12,713票、三上:1,415票)。同日、市長に就任。

平山誠敏氏が市長選への立候補を取りやめてから、その意思を汲み、後継候補として息子の平山敦士氏が立候補。

しかし、タクシー会社元社長の佐々木孝昌氏にわずか1,000票余りの差で敗れ落選しています。

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