【死因=老衰】高原慶一朗社長が死去 ユニチャーム創業の経歴と顔画像

訃報

こんにちは!Buzz Fixer編集部の吉井です。

国内生理用品最大手のユニチャームを創業した高原慶一朗氏が死去しました。時事通信によれば以下のように報じています。

高原慶一朗氏(たかはら・けいいちろう=ユニ・チャーム前社長、同社創業者)3日午後、老衰のため東京都内で死去、87歳。愛媛県出身。葬儀は近親者で済ませた。後日お別れの会を開くが、日時や場所は未定。喪主は同社社長の長男豪久(たかひさ)氏。連絡先は同社広報室。

1961年にユニ・チャーム前身の大成化工を創業し、74年に社名変更。2001年に70歳で退くまで社長を務めた。生理用品「ソフィ」、乳幼児向け紙おむつ「ムーニー」をはじめヒット商品を世に送り、同社を町工場から世界的な企業へと育てた。11年から取締役ファウンダー。

赤ちゃんから高齢者までを支える日本企業として親しまれたユニチャーム創業者の死に、ネットでも追悼の声が相次いでいます。

今回は突然の訃報が報じられた高原慶一朗氏を取り上げます。

スポンサーリンク


死因=老衰 高原慶一朗社長が死去

冒頭に記載したように、2018年10月3日の午後にユニチャーム創業者である高原慶一朗元社長が死去しました。

報道にあるとおり死因は老衰で、都内の病院で亡くなったとのことです。

彼は2001年から社長を退任し、長男である高原豪久氏に譲りました。その後は2011年まで会長職に就き、それ以降はファウンダーとしてユニチャームを最後まで支えました。


▲長男の高原豪久氏

会長退任後は雑誌などのメディアへの露出もほとんどなく、健康状態についても報道されていませんでしたが、病歴などを調べた結果重篤な病に伏せたという情報はありませんでした。

ネットの反応

今回の訃報を受けて、世間はどのように反応しているのでしょうか?

SNSを中心に寄せられたネットの声を一部紹介します。

赤ちゃんからお年寄り、果てはペットまで、誰もが一度はお世話になる会社、ユニ・チャーム。ありがとうございました。ご冥福をお祈りいたします。

30年くらい前新商品発表会で自ら生理用ナプキンの機能を説明するした頃が懐かしい。
それからユニチャームも大きな会社になったね。

まず今後出ないであろう経営者。

ユニチャーム創業の経歴

スポンサーリンク

高原慶一朗氏は1931年に愛知県川之江市に生まれます。川之江市は現在の四国中央市です。

1953年に大阪市立大学商学部を卒業後、関西紙業に入社します。ここで社会人経験を積んだ高原氏は、もともと父親が経営していた国光製紙の専務に就任し、1961年後のユニ・チャームとなる大成化工株式会社を設立しました。

彼が社長を務める間には、業界トップに躍り出るなど非常に優れた経営手腕を発揮し、ユニ・チャームを日本を代表する企業へと成長させます。

1993年以降は経済産業省の産業構造審議会で委員を務め、1987年には藍綬褒章、2004年には旭日重光章も受賞しています。

スポンサーリンク

最後までお読みいただき誠にありがとうございました!
当サイトでは好奇心をくすぐり、ためになる情報を事実に基づき発信しています。
是非ブックマークやTwitter、シェアボタンの方を押していただけますと幸いです。ほかの記事も是非お楽しみください。