【死因=心不全】渚ようこが死去 享年は?ゴールデン街の店はどうなるのか

訃報

こんにちは!Buzz Fixer編集部の吉井です。

歌手として活動されていた渚ようこさんが死去しました。オリコンニュースは以下のように報じています。

歌手の渚ようこさんが28日午前10時40分、心不全のため都内の病院で急死した(享年非公表)。30日、渚さんの公演を手がけるプロデューサーを通じ伝えられた。

渚さんは1996年、ザ・ヘアのあいさとうプロデュースでデビュー。クレイジーケンバンドの横山剣や作詞家・阿久悠さんとのコラボレーション、音楽レーベル「Sound・Of・Elegance」の主宰など独自の歌謡世界を構築した。また、若松孝二監督の『実録・連合赤軍あさま山荘への道程』(2008)の劇中歌、写真家・森山大道氏の撮影による『NAGISA』(2010)を発表するなど多方面で活躍していた。

 24日に『クレイジーケンバンドデビュー20周年アニバーサリーライブ』の出演を終え、毎年恒例で行っていた『渚ようこリサイタル・2018ようこズンドコ歌謡流れ旅』(11月30日・四谷区民ホール)を控えての急逝だったという。葬儀は、遺族の意向により家族葬にて執り行い、後日お別れ会を開く予定。

突然の訃報に、ファンもかなりの衝撃を受けているようです。

今回は急死が報道された渚ようこさんについて取り上げます。

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死因=心不全 渚ようこが死去 享年は何歳?

冒頭で記載したように、歌手の渚ようこさんが死去しました。

しかし、各メディアとも享年を報じておらず、そのことが話題になっています。

実は渚ようこさんは生前から年齢を公表していませんでした。その理由については諸説ありますが、デビューが1994年ごろということから考えて、40代後半~50代後半とする見方が強いようです。

過去の病歴などについては公表されていませんでしたので、今回の心不全は本当に急性のものであったと推測されます

ネットの反応

SNSなどに投稿されたネットの反応を一部紹介します。

ファンだったからショックです。
昔、新宿ゴールデン街のお店に立たれていた頃に一度お邪魔させていただいた頃があり、その雰囲気と世界観に圧倒されたことを覚えています。
昨日も飲み屋のカラオケで曲を歌わせてもらったばかりです。
心からご冥福をお祈りします。

徹底的に昭和歌謡にこだわっていましたね。CDも何枚か買いました。昭和歌謡の良さを広め、しかもややマイナーなものも取り上げていて目のつけどころが好きでした。

昭和好きだった学生時代よく聴いてました。
久しぶりに名前を聞いたと思ったら…ご冥福をお祈りいたします。

ゴールデン街の店はどうなる?

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新宿にある飲み屋街=ゴールデン街には、知る人ぞ知る渚ようこさんのお店があります。

お店の名前は『汀(なぎさ)』

店内では渚ようこさんの歌を聞けたり、昔のテレビ映像などを見ながらお酒を飲むことができます。

ゴールデン街の公式ページでは以下のように紹介されています。

歌手・渚ようこさんのお店。店の名前は「渚」と同じ音をあてて、「汀」、水の流れるイメージをくわえた。2003年10月27日にオープンした。

店内は、赤い壁、少しノスタルジックな雰囲気。昭和の歌謡曲や映画音楽が流れ、往年の映画俳優の写真が壁に展示してあり、扉や天井には、日活ロマンポルノのポスター(神代辰巳、藤田敏八、荒井晴彦の作品が多い)、若松孝二監督の映画のポスターがはりめぐらされている。

普段はライヴハウスや、さまざまなステージに立つことが多いママだが、2008年には長年の夢であった「新宿コマ劇場」での公演「新宿ゲバゲバリサイタル」を実現し、新宿に縁のある人達が駆けつけた。

週末には、カウンターにたつこともあるが、平日は個性的な女性スタッフがお店を支えている。

今回の訃報を受けて、この飲み屋が今後どうなるのかを気にしている人も多いようですが、今のところ存続するかどうかの目途は立っていないようです。

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